2006年4月10日 (月)

#14 アルノー・ラエール

  洗練の中に手のぬくもりを感じさせるラエールの菓子

Img_0187  モンマルトルの丘、我が家から徒歩7~8分の距離のところに、「アルノー・ラエール」がある。抑えたオレンジ色のモダンな店構え。ごちゃごちゃと小さなアパルトマンが肩を並べる私の住むアベス駅付近とは違って、コーランクール通り界隈は、高級住宅が立ち並ぶ閑静な町並み。客層もよく、客足もひっきりなしだ。
 
 オーナーパティシエのアルノー・ラエールは、「ペルティエ」を始め、パティスリーのエコール(学校)といわれるような店で修業を積んだが、彼にとって大きな存在は、「フォション」のピエール・エルメだった、と言う。エルメに学んだのは、「先入観を捨て去り、開かれた発想を持つこと」だそう。型を使わずに作った、不揃いのタルトをラエールが出した時は、手のぬくもりを洗練の一要素として閉じ込めたような出来具合で、衝撃的だったのを覚えている。
 
 ところで、ピエール・エルメの下で働いたパティシエの作るパイ生地は、どれも群を抜いている。が、アルノーのパイ生地は、その中でも文句なくおいしい。エルメが広めた、パート・フィユテ・アンヴェルセの方法をとっているからか。パート・フィユテ・アンベルセは、“パイ生地の逆折り込み”とでも訳そうか。普通は、小麦粉などの入った生地に、バターをのせて折り込んでいくが、エルメは逆の方法、つまり、バターの中に生地を折り込んでいくという方法をとった(そのバターの中にも、小麦粉を入れ安定させている)。こうすると、パイ生地の層が持ち上がるように焼き上がるので、空気がしっかりと入り、さくさくとした口当たりで、また同時に口溶けの良い味わいになる。
 
 でも、ラエールのバター使いは、やはり天性のものかもしれない。そう思うのは、彼の作るクイニー・アマンをいただく時。クイニー・アマンはブルターニュ地方の郷土菓子で、ラエールはブルターニュ地方出身だった。イースト生地に、有塩バターと砂糖を折り込んで作る、ある意味で、パイ生地の変わり種で、菓子というよりパンだろう。その生地を、バターとグラニュー糖をまぶした型に入れて作るので、焼き上がりの表面はキャラメル状に。濃厚な有塩バターの味わい、さくさくとしたグラニュー糖とふんわりと柔らかな生地の、おいしさがぎゅっと詰まった拳大で、朝よりも午後、コーヒーよりも紅茶が似合う、パン菓子なのである。
 
Img_0218  ラエールの作るチョコレートも評判で、プラリネ入りの板チョコレートは、2005年のサロン・ド・ショコラで賞をもらっている。塩味のプラリネ、砕いたカカオ豆入りプラリネもあるが、私が気に入っているのは、プラリネに、ピスタチオの生地を練り込んだもの。粗いピスタチオの粒に、手作りのおいしさを感じるのである。
 
 今年東京で行われたサロン・ド・ショコラには行けなかったラエールだが、「パリ・セヴェイユ」の金子美明氏が、自分のパティスリーを店で再現してくれているのがとても嬉しい、東京を近い都市に感じる、と言って喜んでいる。金子氏の作る塩バターのキャラメルクリームもおいしいと、人づてに聞いた。日本に次回帰国した折には、是非足を運んでみたい。



Arnaud Larher
53 rue Caulaincourt 75018 Paris
Tel:01.42.57.68.08(国番号33)


「パリのパティスリー案内」は、今回で終了します。
引き続き、『料理通信』-SWEETS EXPRESS-で伊藤文さんの連載が始まります。どうぞお楽しみに!!!

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2006年3月27日 (月)

#13 レ・ルシェ・デュ・モルヴァン

モルヴァンの森のハチミツで作るパン・デピス

Img_0127  毎年2月下旬から3月上旬の10日間ほど、パリの南にある展示場で「国際農業サロン」が開催される。サロンは40年の歴史を持つが、その前身となる農産物コンクールは、1870年から行われていた。当時は、牛や豚、羊、馬のみの品評会だったが、現在はワイン、チーズなど多岐にわたる。優秀なものには、金賞、銀賞、銅賞が与えられる。私も、チーズ輸出部門の審査員として3年前から参加させていただいているが、金賞に輝く産物は、ほぼ満場一致でクオリティを認めたものだ。生産者の意気込みを知れる、信頼を高くおける産物ばかりなのである。「レ・ルシェ・デュ・モルヴァン」のアカシアのハチミツも90年代に2回、金賞に輝いている。ミツバチのロゴのその店は、必ず農業サロンに参加しており、毎年スタンドにふらりと寄るのが、恒例である。

「レ・ルシェ・デュ・モルヴァン」は、ブルゴーニュ地方、シャブリ地区の南、コート・ドールワイン街道の西に位置するモルヴァンの森でハチミツを作る。モルヴァンの森は、地方指定の公園で、自然に溢れる、ブルゴーニュっこのレジャーの場。森も深ければ、湖もあり、釣りの盛んな場所でもある。

 その森で1000のRucher(ミツバチの小箱)を持つ、コッパン夫妻。モルヴァン自然公園指定の産物にも指定され、ハチミツやパン・デピスなど、商品はすべてBIOである。モルヴァンの森で採れるハチミツは、アカシア、フォレ(森)、野花が中心。その年によっ
て、菩提樹、栗、タンポポ、杉など様々だそうだ。今年のスタンドに出していた、新ハチミツは、Bourdaine(セイヨウイソノキ)。清涼感溢れ、キレ味のあるハチミツは、初めての発見だった。

「レ・ルシェ・デュ・モルヴァン」のパン・デピスは、パリの百貨店で購入できる。ギャラリー・ラファイエットがわかりやすい。ハチミツを材料の70%も使用しているので、しっとりとしたケーキのような食感。普通パンデピスは薄切りにしていただくが、このパン・デピスの場合、厚切りにして、ふくよかな食感を楽しみたくなる。
 
 モルヴァンの店だったら、森のハチミツ、アカシアのハチミツのパン・デピスを購入できるが、パリでは、クセのないアカシアのみ。紅茶にちょっぴり浸していただくと、スパイスの香りも立って、味わいが倍増するのである。

Les Ruchers du Morvan
Port de l'Homme
D 37 - Route des Settons
58120 Chateau-Chinon Campagne
Tel:03.86.78.02.43(国番号33)

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2006年3月20日 (月)

#12 ローズ・ベーカリー

イギリス人オーナーによる、
シンプルで健康的なスイーツの数々


Kemon  モンマルトルの丘からパリ9区を南北に走るマルティール通りは、近年洒落た店がオープンし始めて、パリでも人気の場所の一つだ。かくいう私も、現在モンマルトルの丘に住み、今から8年くらい前には、このマルティール通りに住んでいたから、人気の場所となる前からこの坂のある界隈は大変気に入っている。

 メトロのノートル・ダム・ロレット駅を降りて、マルティール通りを1番地からモンマルトルの丘へ登るように歩いていくと、何軒かお気に入りの店がある。チーズ屋や魚屋、パティスリーも。
 そんな中に、「ローズ・ベーカリー」が加わったのは3年ほど前のこと。通りの窓辺から店内をのぞくと、白いカウンターに、パリでは見慣れない、でも懐かしいパティスリーや、野菜のタルト、サラダボールが所狭しと並んでいる。そんなおいしそうな風景に、中に入らないで入られなくなる。

 見慣れない、と思ったのはそのはずで、オーナーがイギリスで活躍していた御夫婦のお二人だからだった。スコーンやプディングがそれを物語る。ご主人のカラリーニさんは、フランス人だが、デザイナーとしてイギリスへ渡ったそう。奥様は生粋のイギリス人だ。デザイナーからフードショップ経営に転向。さらに、拠点をロンドンからパリに移した のが2002年の年末だった。

 パティスリーやサラダの並ぶカウンターケースのあるエントランスの向こうには、サロンがあって、ランチも楽しめる。ビオを中心にした新鮮な旬の素材を使ったリゾットやタルティーヌ、サラダなど、健康的でおいしい食事は、パリジャンの心をたちまちにつかんで、昼時はいつも満席だ。また、さすがデザイナーだったオーナーだけあって、肩の力を抜いたセンスの良いシンプルな空間もよし。午後のひとときをゆっくり過ごすのにぴったりで、しばしば時間を忘れて長居してしまう。


Cake_1  そして、この店に来ると、どうしても食べないでいられなくなってしまうのは、ニンジンのケーキだ。フランスには、レストランのデザートは別として、野菜を使った、さらにシンプルなケーキというのは、なかなかない。日本ならば、カボチャだのホウレン草だの、サツマイモだのと、昔から野菜をケーキに使うのは当たり前なのだが。テクスチュアや味わうときの温度にこだわるフレンチパティスリーだが、まだまだこの分野は未開発のようだ。
 ニンジンのケーキは、有機栽培のニンジンをたっぷり使った自然の甘味で、きざんだクルミもしのばせてある。爽やかな酸味でこってりとしたチーズクリームは、白い帽子を被ったような愛らしい見た目。心をふっと和ませてくれる午後にぴったりの優しいケーキなのである。


Rose Bakery
46 rue des Martyrs 75009 Paris
Tel:01.42.82.12.80(国番号33)

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2006年3月16日 (木)

#11 ラ・メゾン・デュ・ショコラ -後編-

メゾン・デュ・ショコラの逸品といえば・・・

Eclair_1  時期はすっかり過ぎてしまったが、クリスマスには、必ずメゾン・デュ・ショコラのブッシュ・ド・ノエルを購入し味わうのが我が家の恒例である。品の良いマロンクリームがたっぷりのブッシュは、贅沢だが、一度味わったら忘れられない代物となる。
 
 そんなマロンクリームムースをたっぷりと閉じ込め、薄いチョコレートでコーティングしたボンボンも冬季限定商品。ミルクチョコレートとブラックチョコレートで覆った2種ある。濃厚で上品なマロンの味わい、気泡もたくさんふくまれた口溶けの良いテクスチュアで、アルマニャックをいただきながら、少しずつ味わいたいような、贅沢な夜のためのチョコレートだ。
 
 先日、これを急に味わいたくなって店へ訪れたが、残念ながら、今年のマロンはもうないため作っていないということ。チョコレート屋にも旬があるのだ。
 
 どうしてもマロンが味わいたいという気持ちが店員に通じたのか、マロン風味のマカロンはいかが?とすすめられた。マロングラッセをそのままつぶしたペーストをクリームに閉じ込めているのか、また、ラムの風味もふんわりと立って、なかなか贅沢なマカロンだった。残念ながら、このマカロンも、もうそろそろ店頭からなくなってしまうに違いない。また、おいしいマロンのケーキやボンボンに出会える、初冬がすでに待ち遠しい。

 旬なくいつでも味わえるメゾン・デュ・ショコラの評判の高いお菓子といえば、エクレア。上質なカカオの味わいをしっかりと閉じ込めたチョコレート味のエクレアは、他のどの店とも比べることのできない逸品である。

La Maison du Chocolat
225 rue du Fbg. Saint-Honoré 75008 Paris
Tel:01.42.27.39.44(国番号33)

2006年3月 16日 | | トラックバック (0)

2006年3月13日 (月)

#11 ラ・メゾン・デュ・ショコラ -前編-

手にすれば誰もが心躍る、唯一無比のショコラトリー

Maison  大切な人のための、確かな贈り物を考える時、真っ先に思い浮かぶのが、やはりメゾン・デュ・ショコラのチョコレートだ。エルメスが箱の発注しているという同じアトリエで作られたブラウンのバロタン(小箱)は、外からの衝撃をものともしないしっかりとした作りで、重厚な様相。中に散りばめられたチョコレートの品格そのものをも表している。

 私は、メゾン・デュ・ショコラの、精巧に出来上がったその一粒を味わう時、その創始者でショコラティエの、ロベール・ランクス氏を思わないではいられない。何度か行った取材の中で、取材の内容を超えた、彼の語ったいくつかの言葉が、脳裏に焼きついて離れない。
 
「君ね、人生は長いようで短いよ。その間に、愛するものと出会い、それとともに時間を過ごすことができ、それに心を割けるかが、どれだけ大切なことか。年を重ねるごと、身にしみてわかってくるよ……」

 彼のことを本当に凄いと思うのは、1977年、48歳という年齢で、メゾン・デュ・ショコラをオープンしたということだ。

 ランクス氏は1929年生まれ。フランスでは初めてチョコレートが上陸したというバスク地方出身の彼にとって、ショコラトリーをもつことは、昔からの夢だったという。しかし、戦後、50年代のパリで、チョコレートだけの店では、商売とするには難しかったので、パティスリーとトレトゥールも兼ねた店を55年にオープンした。 

 それから22年。長い道のりを経て、長年の夢を実現させる。一つの思いを持ち続け、人生の折り返し地点を過ぎた歳に、それを叶えるというのは並大抵ではない。
 
 こうした一途な思いは、チョコレートの製作においても同じように注がれる。おきまりのレシピはなく、収穫などによって変化するカカオ豆の味わいに応じて、品種の調合を変えるのはもちろん、フレーバーの調合にも妥協はない。レモンの香りがほとばしるような「アンダルシア」は、冬に味わいたいボンボンチョコレートの一つ。生クリームに入れる砂糖に、レモンの皮をすりつけて香り付けをし、強すぎるレモンの酸味を抑えるという工夫が凝らされ、品の良いガナッシュに仕上がっている。


*写真はレモンの香りが清々しい「アンダルシア」のアントルメ版(手前)、「マロン風味のマカロン」(奥)。

La Maison du Chocolat
225 rue du Fbg. Saint-Honoré 75008 Paris
Tel:01.42.27.39.44(国番号33)

2006年3月 13日 | | トラックバック (0)

2006年3月 6日 (月)

#10 ピエール・エルメ・パリ

フランス菓子を、芸術の域にまで高めたパティシエ

Herme  5月に刊行される予定の『パリとパリ近郊のパティスリーガイド』のための原稿も書き終え、ほっと一息をついたところだ。たくさんのパティシエや、パティスリーにかかわる人、編集者などの話を聞き、日仏の菓子へのアプローチへの歴史を調べて、私なりの所見をまとめあげた。この場を借りて、皆さんにお礼を申し上げたい。
 
 そのなかで気づいたのは、進化しつづけるフランス菓子であり、それを支えるフランスの底力だ。他に、菓子として、職人としての仕事を超え、芸術の域にまで及んで、なおかつ進化し続ける菓子を育んでいる国はあるだろうか。そして、芸術家とでも呼ぶべきパティシエが存在するということ。そうした意味で、ピエール・エルメは、19世紀のカレーム、20世紀のガストン・ルノートルに続いて、従来のパティスリー観を崩し、21世紀のパティスリの世界を築き上げた人だと言っていい。
 
 86年から10年間、シェフ・パティシエを務めた「フォション」での傑作といえば、「la cerise sur le gâteau」。背の高い三角柱の形をした6人分のアントルメだ。その形といい、切り分ける時に縦の一辺に入った黄金の線に沿って、上から水平に切り分けていくという斬新なサーヴィスの仕方といい、自由な発想によるパティスリーの誕生をアピールしたのはセンセーショナルだった。
 
 それまでのアントルメといえば、円や四角。デコレーションはその上に華やかに施しただけのもの。それが、パティスリーに意匠を結びつけ、その意匠にエスプリを込めるという発想がエルメによって開花した。カレームも確かに、建築のデザインを取り入れた菓子を創作したが、フォルムにエスプリを込めるところまでは踏み込んでいないような気がする。それは、まるで、日本の和菓子創作の発想に似ているのではないかと思った。

 世界の素材を取り入れ、見事に自分のサヴール(味わい)に構築する力のあるエルメ。02年のクリエイション、あずきを使ったグラスデザートにも果敢な挑戦が読み取れた。

 名前は「Emotion dépaysé(戸惑い)」。ジンジャーとライム風味をしのばせたあずきペースト、抹茶クリームと、グレープフルーツを重ねた構成。我々日本人にとっては、あずきに柑橘類を合わせるという思ってもみない味わいの構成で、その名前の通り、一瞬戸惑ってしまうが、あずきのコクと柑橘類の爽やかな酸味と苦味が、深いハーモニーを与えてくれることを知るのである。
 
 最近のクリエイションは「抹茶風味のミルクチョコレートトリュフ」。抹茶風味をしのばせたミルクチョコレートのガナッシュに、丸のままのピスタチオをのせ、コーティングしてから細かく砕いたピスタチオを全体に散らしている。その色鮮やかさといい、心地よい苦味のある抹茶と柔らかな風味のミルクチョコレート、そして香ばしく鼻に抜けるような香りのするピスタチオのトリオの味わいといい、フレッシュな春を一粒に閉じ込めたような贅沢な味わい。パリの店頭にはもう置いておらず、日本のショップでそれを見つけて購入した。そのデリケートな味わいは、パリよりも微妙に四季が移り変わる日本の空気にぴったり合うような気がした。

PIERRE HERMÉ PARIS
72 rue Bonaparte 75006 Paris
Tel:01.43.54.47.77(国番号33)

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2006年2月27日 (月)

#9 帰国、そして、表参道ヒルズ「TORAYA CAFÉ」

torayacafe  6カ月ぶりに帰国した日本。ちょうど伊勢丹新宿店での「サロン・ド・ショコラ」が終了した後、またバレンタイン・デーを目前にして、メディアもあらゆる店もチョコレート一色だった。特に、伊勢丹新宿店の地下は、「サロン・ド・ショコラ」熱がさめやらないようで、特別に設置された名ショコラティエコーナーに入場するのにも長蛇の列。たまたま、チョコレートのパッケージを手がけるフランス人の友人と訪れたが、彼女は日本人のチョコレート熱に驚いていた様子で、また、日本のパッケージのきめ細やかさにも惚れ惚れ。

 そんな中、ジャン=ポール・エヴァンから表参道ヒルズのオープニングに誘われ、足を運んだ。エヴァンの店は、エントランスのすぐ右手にあるという一番の立地条件。訪れていた山本益博氏からも「一番いい場所、おめでとう」と声をかけられていた。小さな店舗だが、ショーケースに、珠玉のパティスリー・チョコレートが宝石のように並ぶ。安藤忠雄の硬質だがロハス的なスパイラル・スロープへと誘う適役者だと思った。

 そのちょうど階下に、たまたま「TORAYA CAFÉ」を見つけた。まったく前情報なく訪れたのが恥ずかしい。店に長尾智子さんがいらっしゃったので、声をかけた。彼女は、六本木ヒルズの同店のメニューも手がけていらっしゃる。表参道ヒルズにも彼女がてがけた新商品と新メニューが並んでいた。

 TORAYA CAFÉは、中興の祖、黒川円仲氏から480年以上もの歴史を誇る老舗とらやが、料理研究家として新しい料理の創作に取り組む長尾さんを起用して立ち上げた、カフェという形の新ブランド。和洋の垣根を越えた
革新的菓子を発表したことで、和菓子業界にも新風を吹き込んだのでは、と六本木ヒルズ店のオープンから感じていた。寒天を使った「キャラメル寒天ゼリー」、「あずきとカカオのフォンダン」などの和素材を使ったケーク類は、フランス人のシェフが味わったらどう表現してくれるだろうと、胸を高まらせた。

 表参道ヒルズ店で、新しいデザートをいただいた。「あんペーストプレート」と「いちごのパフェ」。前者は、個性豊かな味わいのあんペースト3種(糖蜜とプルーン・白ごまときな粉・青豆きな粉とピスタチオ)を中心に、3色ふやき、ごまのクロッカン、きな粉の厚焼きビスケット、ミルク寒天ゼリーにあんペーストで作ったソースを重ねたグラスデザートを一緒に楽しむという趣向。ヨーロッパのペーストにはない、餡ならではの瑞々しいテクスチュアに、個性的な味わいを加えた複合的なペースト。ふやきなどとの相性は抜群で、フランスのタルティーヌのように、ペーストをたっぷりとぬっていただきたいと思わせる説得力があった。
 
 また、イチゴのパフェも秀逸だ。コップの中に、たくさんの要素が詰まった、新しいグラスデザートの誕生。グラスには、中途半端な高さでなく、水を飲む時に使う普通の背の高いコップを選んでいるのも、中を見せるのにもよく、日本の甘味の魅力が発揮されていると思った。下からあずき茶寒天ゼリー、あんペースト(こしあん)を混ぜたクリーム、あずきとカカオのガトー、イチゴ、ブルーベリー、イチゴの寒天ゼリー、あんペースト(こしあん)、豆乳アイスクリーム、クリームと重ねられ、下へスプーンを沈めるごとに、味わいと食感、香りのハーモニーに出会える、まさに五感で楽しむデザート。全体に散りばめられた、もち米のスフレがかりかりと心地よい食感を与えてくれるのも、印象的だった。

 昨年、パリで、福田里香さんとともにギャラリー「フレッシュ・アティテュード」で「berried」と冠したエクスポを経験した長尾さん。フランスは、日本と同様、歴史や文化の奥深い国だから、日本の和菓子の進化形をきっと深く理解してくれるはず、と語る。私もパリでシェフから同意見をもらっていたということもあり、こんな両者の思いが、きっと一つになる時がくる、と確信。パリのとらやで、そうした彼女のデザートがいつか紹介されることを願っている。

TORAYA CAFÉ 表参道ヒルズ店
渋谷区神宮前4-12-10
表参道ヒルズ本館B1F
Tel:03-5785-0533

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2006年2月23日 (木)

#8 フォション -後編-

フォションのスペシャリテ、エクレアに自分らしさをこめる

IMG_0272  フォションのコンセプトを作り出しているのはディレクション側なので、シェフ・パティシエであるアダム自身は、フォションというブランドイメージを作るためだけに、クリエイションをしているというような印象も拭えない。それ故、彼自身のキャラクターはいまいちわかりにくいのというのは本当のところだ。
 
 ただ、そんなアダムが、そうした枠組みの中で、自分らしさを出そうとしているのが、やはりフォションが長年スペシャリテとしてきたエクレアのシリーズではないかと思った。彼は2年間で25種ものエクレアを作ってきたそうである。シャンパンとフランボワーズ風味や、スパイスビスケットのスペキュロス入りクリームのエクレア。イチジクや有塩バターのキャラメル風味、オレンジ風味のチョコレートエクレアなどなど・・・。どうして今まで、エクレアは、チョコレート風味とコーヒー風味しかなかったのだろうと思わせるような品揃えである。
 また今年夏には、ミントとヴァニラ、パッションとローズ風味のエクレアを発表予定だそうだ。こんな味わいをエクレアにするなんて! という驚きを得たり、また味わいにぴったりのモダンな様相のグラサージュに出会うと、アダムは楽しんで作っているのだろうな、と思う。しかし、一つひとつを吟味すれば、味わいの組み合わせなどもシンプルでコンサバ的。奇抜さよりもクラシックを愛するアダムの顔を垣間見ることができる。残念ながら抹茶風味はないが、作るのだったら、「サダハル・アオキ」の真似といわれないものを作らなければならないだろう。
 
 もちろんフォションはお茶の品揃えでも長年知られているから、お茶風味のパティスリーを作ることが、歴代シェフの課題だった。ダージリンティは扱いやすいので、エクレアやクリーム・キャラメルなどに、積極的に使われているが、抹茶の存在はまだ薄い。ただ、アダムは抹茶とマンゴーとのエキゾチックな組み合わせが好きなようで、1年前は、マンゴーのムースに抹茶の風味を加えたタルト。そして2006年1月には、抹茶と、マンゴースライスを加えたフランジパンを仕込んだ、変わり種のガレット・デ・ロワも紹介していた。
 
 時代を読むフォションのことだから、これから旬の日本の素材を使ったデザートも提供していくことだろう。料理のエクゼクティブシェフが狐野扶実子さんとなって、どんな展開を図っていくのかも、楽しみである。

Fauchon
place de la Madeleine  75008 Paris
Tel:01.70.39.38.00(国番号33)

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2006年2月20日 (月)

#8 フォション -前編-

現代の客が何を求めているかを読み、その先を創出する

IMG_0266  1886年創業の高級食材店「フォション」。マドレーヌ広場に面して建つ、一目でこれとわかる華やかな外観で、昔から、フランスを始め世界中のグルメたちを引きつけてきた。
 
 一昔前の、素敵なエピソードをご紹介したい。ある老夫婦が金婚式を祝うのに、他には滅多にないような思い出に残る2人だけのディナーを考えたという。それは、パリのセーヌ川に架かるある橋の上にテーブルを設定すること。その橋には半円形の突出口がいくつかあって、そこは、恋人たちが腰掛けるのにぴったりのベンチになっている。
 老夫婦は、パリの高級食材店に頼み、橋の上のテーブルセッティングとディナーを用意してもらった。そこに通りかかるは、パリ警察。立ち退きを命じようとしたが、金婚式のための特別なディナーと聞いて、快く承知したという。粋な計らいはフランスらしい。
 ひらり舞うテーブルクロス。蝶ネクタイのギャルソンがシャンパンを抜き、エッフェル塔を眺めながら乾杯をするひとときは、永遠のように美しかったに違いない。このディナーを引き受けた高級食材店がフォション。お客の依頼に100%応えるというのが、店のモットーなのである。
 
 こうした高級食材店としての名声に加え、ピエール・エルメの登場によって、パティスリーとしての名も高くした。エルメがシェフ・パティシエに就任したのは1986年。ちょうど100周年を迎えた時。97年まで務めたが、この間たくさんの名だたるパティシエを輩出したのは知られるところだ。今、ボン・マルシェの「デリカバー」を指揮するセバスチャン・ゴダールがエルメ後のシェフを務め、01年退職して、その座をクリストフ・アダムに譲り、アダムが現在のパティスリー部門を指揮する。
 
 2006年、フォションは120周年を迎えた。この記念すべき年を前に、昨年は、ちょっと変わったシリーズのパティスリーを発表して話題になった。何でも“スプーン入らずのパティスリー”がテーマだったそう。サンドイッチボックスに入った“Club Cake”と、シガーケースのような細長い箱に入った“Tout de suite”の2種。Club Cakeは、チョコレート、フランボワーズ、ピスタチオ味の3種フィナンシエのサンドイッチ。Tout de suiteは、箱の端を押すと、パティスリーが飛び出して、手も汚さず食べられる、細長い形のタルト風サブレだ。Tout de suiteは、購入したら、Tout de suite(すぐに)食べられる、から命名されたのだろう。
 いずれも、歩きながらでも食べられるという、新しい食べ方を提案。現代の客が何を求めているかを読み、その先を創出するというあり方に関しては、今も昔も変わらないのかもしれないが、今はスタイルを重視しているようである。


Fauchon
place de la Madeleine  75008 Paris
Tel:01.70.39.38.00(国番号33)

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2006年2月 6日 (月)

#7 ボン・マルシェ

高感度な人たちが集まる百貨店のパティスリー事情

 ボン・マルシェ食品館「グラン・デピスリー・ ド・パリ」の2階には、セバスチャン・ゴダールが控えるが、1階の入り口付近にあるパティスリーコーナーも売れ行きはとてもいいようだ。

 以前は、MOFのニコラ・ブッサンがシェフ・パティシエを務めていたが、現在は、MOF料理人のジャン=ジャック・マセの指揮下にあり、他コーナーに比べると仕上がりのクオリティに欠けるように見受けられる。それでも、日本の素材を使ったパティスリーが展開されていたので、目を見張った。

Bon2_1   ひとつは「Mirlithe(ミルリテ)」。けしの実をふんだんに焼き込んだビスキュイにシロップを含ませ、柑橘系のジュレを敷き、抹茶のクリームを重ねたもの。もうひとつは、グリーンティーとミントのマカロンだ。

 セバスチャンが言っていたように、ボン・マルシェ食品館の客層は、より新しい食材や食品を求めてくる高感度な人たちが多い。だからこそ、お決まりのパティスリーではなく、より新しさを感じさせるような何か、が求められる。それは、フォルムであったり、食べ方であったり、味わいであったりするだろう。そんなお客の心をくすぐるものとして、抹茶、緑茶が選ばれたということ。食品館1階の奥にある、お茶専門コーナーにも、抹茶や緑茶が売られている。

Bon_1  肝心のお菓子だが、正直言って、大量生産的な側面が見え隠れし、見た目からはあまり魅力を感じなかったが、味わってみると、これがなかなよい。ミルリテは、けしの香ばしい味わい、そしてしっとりとしたビスキュイと抹茶クリームのテクスチュアのハーモニーがよく、爽やかな柑橘系の風味が、全体の味わいを助けてくれている。また、緑茶とミントのマカロン。そのけばけばしい色合いはさておいて、ミントの香りに負けず、緑茶の芳香が立ち、オリエンタルな調和を奏でていたのは、悪くない発見だった。

 大きな百貨店食品館は、今の傾向を如実に表すので、こうした日本びいきの傾向は、これからも深まりそうな予感である。


Grande Epicerie de Paris
Bon Marché 内
26~38 rue de Sèvres 75007 Paris
Tel:01.44.39.81.00 (国番号33)

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