■イタリアのように、バックグラウンドのある料理を
「CAINOYA」の塩澤シェフの名刺には、「三代目」と書かれていた。
初代は戦後、山梨から鹿児島へ移り住み、「甲斐之家食堂」という洋食や寿司、天麩羅など何でもありの店を開いたそうだ。甲斐の国から来たから、カイノヤ。しかし初代が亡くなり閉店。二代目はレストランを経て、和食店として繁華街に「かいの家」を再開した。
しかし塩澤シェフは学生時代、父がお客に頭を下げている姿が嫌で、店を継ぐつもりはなかったという。
「高校を卒業しても、やりたいこともわからなくてフラフラしてました。父の店を手伝ったり、いや、あんまり手伝わなかったかな。そのうちコーヒー専門店でアルバイトを始めて、そこで社会の厳しさを初めて知って」
掃除から調理、サービスと何でもやって、やがて社員になり、店長になる。その後彼が師と仰ぐ人が独立したのを機についていき、仕事を覚え、やっとこれからというときに交通事故に遭ってしまう。かなりの大けがだったらしい。
「今でも握力が弱いんですけど、ああこれで飲食業はもう無理だなと思いました。でも、何やろうかと考えたら、やっぱりこれしかできないと」
そんな時手にしたのが、落合務シェフの料理本『イタリア料理 100のおいしいキーワード』(講談社)だ。
当時は、恐れ多くも「これならできそう」と思ってしまった。そこで、和食店「かいの家」を、ランチと深夜だけ借りて、本人曰く「イタリアっぽい料理」を出し、そこからだんだんイタリアの世界にはまっていく。
まず、ワインはフランスでなくイタリアが素直に好きだと思えた。それもネッビオーロ種でなくサンジョベーゼ種だった。となると、今度は好きなワインの産地、トスカーナの地を踏みたくなる。
そこでトスカーナ州のモンテプルチアーノとモンタルチーノの中間ぐらいにあるトレ・クァンダ村で2週間、一般家庭にホームステイ。地元のリストランテやアグリツーリズモで伝統料理を学んだり、ポルケッタの工場や肉屋を見学する。面白い。塩澤シェフはたった半年後、再び同じ場所に立っていた。
彼を掻き立てたのは「これでいいのか」という疑問だ。
当時、彼が作っていた料理にはバックグラウンドが何もない。正直、真似だった。
イタリアは、土地が違えば料理も違う。それぞれに背景があり、伝統がある。で、イタリア人は皆自分の土地の食材に誇りを持っている。それを知ってしまったら、自分の中途半端が嫌になったという。
「イタリアに行くまでは、全国の食材を取り寄せてばかりいたんですよ。でもそれも違うと思えてきて。全部ではないけれど、でもやっぱり僕も鹿児島の食材に誇りをもってやりたいと」
以来、毎年欠かさずイタリアへ飛んでは、トスカーナに1週間、ほかの地方を1週間で回り、食べ歩きやワイナリー巡りを重ねてきた。エンジンがかかるのはちょっと遅かったけれど、いや、遅かった分、すごい勢いでイタリア熱が進行しているようにも思える。
***「カイノヤ」のディナー***
ディナーコースは、5コースに細かく分かれている。今回、3月の訪問では7350円のコースをいただいたが、4月に、内容が多少変更になった。変更後は以下の通り。
3750円…前菜・プリモ・セコンド各1、ドルチェ、カフェ/5250円…前菜1(おまかせ)・プリモ2・セコンド1(ともにプリフィクス)、ドルチェ、カフェ(小菓子)/7350円…前菜2・魚料理1(ともにおまかせ)・プリモ2・肉料理1(ともにプリフィクス)、ドルチェ、カフェ(小菓子)/10000円と12600円はすべておまかせ
●自家製パン
毎日、ランチ前とディナー前に焼き上がるよう作っている自家製パン。今日はホウレンソウ、グリッシーニ、ローズマリーのフォカッチャ、トスカーナパン。パンに添えるオリーブオイルは、もちろんトスカーナ産。
●茨城産仔牛のトリッパと自家製ルーコラ
シャキシャキとした歯ごたえのトリッパ。優しい味わいながらブロードがしっかりと利いていた。
●2色のアスパラとアニメッラのソテー
温度卵と松の実のソースで
グリーンは自家畑より、ホワイトはフランス産。どちらもスチームコンベクションオーブンで蒸し焼きにし、旨みを凝縮。ホワイトアスパラに巻いたラルド、パートフィロがカリカリ、パリパリと香ばしく、温度卵のソースとさすがの相性。リー・ド・ヴォーも散りばめてありました。
●ホウレンソウとフォルマッジのラヴィオリ
自家製パンチェッタと新玉葱
フルーツトマトのアマトリチャーナ
ラヴィオリのチーズは、リコッタ、パルミジャーノ、マスカルポーネの3種混合で、おだやかな味わい。逆にアマトリチャーナは酸味も甘みも強く、煮込んだというよりフレッシュな印象。聞けば仕上げ直前にフルーツトマトを入れているとか。それにしても新玉葱の甘みは格別。
●ピーチ 三清屋さんの自然飼育黒豚のラグー
三清屋は鹿児島の黒豚生産者(後にご紹介します)。その豚肉のホホ、モモ、肩ロース、スネ肉を、半分ミンチ、半分は包丁でブツ切りにして合わせ、ラグーに。健康的な餌と環境で育った黒豚の旨みが、この一皿にギュッと凝縮されている。パスタの小麦粉は、イタリア・ピエモンテのムリーノ・マリーノ社製。昔ながらの石臼で挽き、地元でもファンの多いメーカー。
●自家栽培野菜
シェフとお父さんが育てている自家野菜の盛り合わせ。3月時点で、カステルフランコ、エンダイブ、水菜、トレビス、ルーコラ、フィノッキオ。
●岩手産 短角和牛サーロインのビステッカ
牛肉は最初に炭火で焼き、スチームコンベクション・オーブン、最後に再び炭火で仕上げる3段階の火入れ法。表面に炭の香りをまといながら、中はしっとりと火が通る。
●CAINOYA風ティラミス2007
ふんわり、しっとり、アマレットの香りのティラミスに、喜界島の黒糖で作ったカラメル、サクサクのメリンガを散らして。

頼んだ赤ワインは、シェフの思い入れのある1本。「ロッソ・ディ・モンタルチーノ 2001 テヌータ・ヴィタンツァ」8800円。5年来のつき合いで、2006年6月に来店し、ワイン会も行った。今年、ここの新カンティーナ完成記念イベントに、シェフとして料理を作りに呼ばれているとか。
時間の都合で畑を見ることはできなかったけど、シェフから送られてきた自家畑の写真がこちら。カルチョーフィ、レッドオーク、カモミッラ、エンダイブ。自家畑の野菜はすべて無農薬。
このほか、ルーコラ セルヴァティカ・ビーツ・チリメンキャベツ・イタリアンパセリ・カステルフランコ・カーボロネロ・ブロッコリー・アスパラ・サラダほうれん草・コールラビ・フィノッキオ・水菜・新玉ねぎ・菜の花・ラディッシュ・蕪・そらまめ・えんどう豆・ミニ人参・茄子・サンマルツァーノ・トマト・ズッキーニなどなどを育てている。

