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2009年8月19日 (水)

【ゲスト/東京】あなたは、そうめん派? ひやむぎ派?

Ooyachihiyamugi 夏の麺の代表選手といえば、そうめんとひやむぎ。みなさんはどちらをよく召し上がりますか? 私の故郷(尾張)ではひやむぎでした。お隣三重県・大矢知(おおやち)の手延べひやむぎが、夏の昼食の定番アイテムだったのです。最近この自慢のひやむぎを知人に紹介したところ、「ひやむぎなのに原材料に油が入っているの?」と質問されました。確かに、二つの違いについて子供の頃教わったのは、「そうめんは麺の断面が丸く、延ばしやすくするため油が入っている。ひやむぎは断面が四角く、小麦と塩と水だけで作る」…。

気になりだすと止まらない性格、早速JAS(日本農林規格)を確認してみたところ、思いがけない基準にびっくりしました。JASでは乾麺を「機械麺」と「手延べ干し麺」に分類しますが、機械麺の場合、そうめん:直径1.3mm未満、ひやむぎ:直径1.3mm以上~1.7mm未満、1.7mm以上はうどんとするそうです。つまり、太さによる区別しかありません。そして、手延べ干し麺の場合、1.7mm以上を「手延べうどん」とし、1.7mm以下のものは「手延べひやむぎ」「手延べそうめん」どちらでも記載できるとのこと。つまり、手延べ干し麺に関しては、そうめんとひやむぎに法律上の違いはないのでした。

さて、乾麺の規格を改めて勉強した後、仕事のついでに足をのばして大矢知を訪れました(何かを調べ始めると、その土地を訪ね、風土や人に触れたくなってしまいたくなるんです)。あいにく製造は冬が中心なので現場の見学はできませんでしたが、「三重の糸大矢知手延素麺協同組合」の組合長さんからいろいろお話を伺うことができました。

現在は三重県の四日市となった大矢知。全国に先駆け「手延べひやむぎ」を考案し、製造・販売を始めたのが、他でもないこの大矢知だそうです。この地方では、江戸時代末期から「手延べそうめん」作りが始まり、農閑期の副業として生産が活発に行われてきたとのこと。明治時代に近代的な灘式手延べ製法が伝わると、製造者も飛躍的に増えました。そして昭和30年頃、手延べひやむぎの製造を開始すると、そうめん産地でありながら、ひやむぎの製造比率が高くなっていったそうです。大矢知の手延べ麺は、ちょっと太めで、独特の風味と抜群のコシが特徴。最良の材料を用いた生地を一度に伸ばすのではなく、少しずつ延ばしながら細くして熟成させる、昔ながらの伝統的製法を守っています。

しかし、残念なことに現在では後継者不足が悩みの種となっているそうです。もともと農閑期の副業として始まった産業なので、農業の後継者がいなくなれば、当然製麺の後継者もいなくなります。昭和初期には約300軒あった製麺業者は、14軒に減りました(それらは「三重の糸」「金魚印」「扇印」の3ブランドいずれかに属しているそうです)。

農業にも後継者問題はありますが、農閑期の産業や産物は、農業そのものより早い速度で消滅してしまいます。現代生活に応じた産業や仕組みが確立し、便利で機能的になったので仕方がないことではありますが、季節ごとの仕事や、その季節を生かした経済活動が残らないことを残念に思います。冬の寒風に晒されることでおいしくなる手延べ麺。農閑期に家族で作り、夏になったら出荷し、買った人が涼を楽しみながら食卓を囲み喜んで食べる、という当たり前だったサイクルをどこかに残しておきたいですね。季節のつながり、人のつながり、暮らしのつながりを感じられような仕組みを大切にしたい思います。(堀田正子)

■三重の糸大矢知手延素麺協同組合
三重県四日市市大矢知町1207-6
TEL:059-365-0621
代表理事 渡邉文夫

http://www.nihontenobe.com/kumiai/mienoito.html

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